もう、ひと月経とうとしてしている。納骨も済ませたのに、まだ騙されているような気がしている。時間が経つに連れて、寂しさが増して来る。こんな事をしてやったら良かった、あんな事をしなければ良かった、もっと優しくしてあげれば良かった、と、後悔の波が押し寄せて来る。言い方はおかしいかも知れないが、先に死んだ者勝ちだね、後に残された者は、どうしたって悔いが残ってしまう。納得出来る迄には、まだまだ時間がかかりそうだ。
8月25日の夜、葬儀プランナーに家に来て貰って打合せをした。私は翌日から熊本なので、帰ってからの葬儀では30日過ぎになってしまう。なので静岡の息子に頼む事にし、1日空けて27日に葬儀と決め、病院に近い葬儀場を決め予約を入れた。病院から葬儀場までの手配と参列者を決め息子に連絡、葬儀場での次第と手続きを決め、必要書類を揃えてプランナーに預けた。全てが終わった時は日付が替わっていた。
翌26日、朝6時に家を出て羽田へ向かう。準備は万端なので、安心して仕事に行かれる。だが参列者の人数等を連絡しなくてはならない。午後熊本からカミさんの身内と息子、プランナーに電話をして、最終確認をした。
27日、12時に病院へ迎えに行くそうだ。葬儀は桐ケ谷斎場で13時から、その時間私は東海大の高座に上がっていた。一席と質問コーナーを終えた頃、葬儀も無事終了した様だ。骨壺と書類は息子が預り静岡へ帰って行った。9月の頭に、受取りに行く予定だ。
29日夜、熊本より帰京。最終便で帰って来たので、荷も解かずに休んだ。
30日、区役所その他に諸届け、手続きがあるので、それらを書出し予定表を作成する。翌日が東北沢の稽古会だし、その次の日は静岡へ行くので、先ずは毎日の生活を優先する。
9月3日、静岡から骨壺と書類を受け取って来ました。仏壇等は有りませんので、箪笥の上に写真を置き、骨壺の傍に焼香の用意をしました。これで弔問に訪れた方を迎える事が出来ます。
翌日、埋葬許可書等が用意出来ましたから、霊園に連絡して納骨日を決め、当日の手配を依頼しました。保険会社へ連絡し、契約内容の変更を申請すると、再入院の給付金が出ると言うので、給付金の請求書を申請します。年金事務所へ連絡すると、給付金が発生しないので、これで終了です。区役所は健康保険証、介護保険証、障害者手帳の変換があるのですが、後で住民票が必要になるので、一回で済む様に準備だけしておきます。